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葬祭ディレクターのブログ

新人髙橋の葬祭ディレクターへの道#8 前編

投稿日:2021年8月8日
スタッフのつぶやき

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大変お久しぶりでございます。エヴァホール大海の髙橋です。

前回の投稿から時間も空きまして皆様はいかがお過ごしでしたでしょうか。世間を騒がせているコロナウイルスのおかげでなかなか外出などもできず、楽しみも見つけにくい世の中になってしまいましたが、何かその中でもできることを探したいものです。

夏といえばの夏祭りも去年から大々的には行われてきませんでしたが、今年はなんとか花火だけでも見ることができてよかったですね、アマビエやホタテやサンマ?のような変わり種の花火もあって楽しく見ることができました。

お祭りといえば、その多くは神社などで開かれることが多いイメージがありますが、普段の生活の中では、あまり神社について知る機会が少ないのではないでしょうか?

そこで今回は神社をもっと知りたいというコンセプトでお話をさせていただこうかと思います。少し長くなってしまいそうなので前後編になるかと思いますがお付き合いいただければ幸いです。

他の宗教と異なり、教祖も経典もない神道。八百万の神という言葉もあるように、この世の森羅万象に神が宿るという考え方が特徴です。そのため、ご神体には、樹木や岩、さらには滝や山などがもあり、聖域は、至るところに存在するとも言えます。

それでも、神様と改まって対峙する場所といえば、やはり神社。今回は、知っているようで知らない神社の施設の謂れや神道の考え方を確認していきましょう。

 

神社は、神と人間を結ぶ祭祀を行う聖域

日本国内に、神社はいくつあると思われるでしょうか?

もちろん、神社の定義をどうするかにもよるので、正確な数字は判らないわけですが、文部科学省の資料で約八万五千社、登録されていないものまで含めると、十万社を超えるとも、二十万社を超えるとも言われています。

もちろん、その中には、伊勢神宮や出雲大社など、誰もが知っているような神社もあれば、神官のいない街角のお社もあるわけです。それ以外にも、ビルの屋上や会社などの敷地内に祠が設けられているのを見たことがある方もいるのではないでしょうか。さらに、鳥井もないような祠は、街角にはもちろん、野山に点在しています。

こうした神社を宗教という範疇で考えると、もちろん「神道」に含まれます。ただ、「神道」は、キリスト教のイエス・キリスト、仏教の釈迦のような開祖が存在するわけではありません。自然の神や、天皇家、歴史上の人物まで、様々な歳神が存在するわけです。

また、「氏神」や「鎮守」、「産土神」という言葉があるように、その土地、その土地に根付いた神社があるというのも特徴でしょう。

さらに、「神道」には、聖書や仏典、コーランのような経典も存在しません。しかし、日本最古の歴史書でもある「古事記」には、神道に通じる日本神話が記されています。つまり、「神道」は、「古事記」が完成した八世紀よりもずっと以前から、私たち日本人の暮らしの中で生まれた信仰といえるのです。

古来、日本人は稲作等の農耕、あるいは河川や近海での漁獲など、自然との関わりの中で、その暮らしを営んできました。そこでは、自然の中で連綿と続く生命の尊さを実感し、あらゆるものを生み出す生命力を神々の働きとして捉えたのではないでしょうか。

もちろん、恵を与えてくれるだけが、自然の力ではありません。時には、台風や地震、大雨や干ばつなど、猛威を振るうこともあるわけです。先人たちは、そんな自然現象に神々の意思のようなものを見出したのでしょう。

だからこそ、清浄な山や岩、木や滝などの自然物を、神宿るものとして祀るだけでなく、神々しい『何か』の怒り(祟り)を鎮めるという意味も込めたのです。

つまり、自然と神は一体であり、神と人間を結ぶ具体的作法として、様々な祭祀が生まれました。その祭祀を行うための聖域こそが神社なのです。

そのような長い歴史と、様々な信仰心を映した神社には、建物や造作物にも、多彩な特徴があります。ここでは、その主なものの謂れなどを紹介していきましょう。

 

俗界と聖域との結界となるのが鳥居

神社の入り口に建つ鳥居は、その内側を「神霊が鎮まる神域」とみなす、言わば俗界と聖域との結界。鳥居をくぐる際は、一旦立ち止まり、一礼するのがしきたりです。また、くぐる位置は左側。左の足から踏み出します。これは、神様が通る場所とされる真ん中、即ち「正中」を空け、さらにお尻を向けないという配慮です。もちろん、帰る際にも、振り向いて一礼してから退出するようにします。

いずれにしても、地図記号がそうであるように、やはり、鳥居は神社の象徴。ただ、一部の仏教寺院でも鳥居が見られますが、これは、一時の神仏習合の名残でしょう。一方で、鳥居ではなく、楼門(随神門)を構えた神社もあります。

ところで、鳥居の起源には、様々な説がありますが、中でも興味深いのは、天照大御神を天野岩戸から誘い出すために鳴かせた「常世の長鳴鳥(鶏)」に因み、神前に鶏の止まり木を置いたことが起源であるとするもの。ちなみに、鶏の止まり木を意味する「鶏居」が、その語源であるという説もあります。いずれにしても、八世紀の頃には、現在の形が確立したようです。

さて、この鳥居ですが、その素材は、檜や杉、石材、銅板で全体を葺いたものなどが一般的で、他にもステンレス、鉄筋コンクリート、硬質塩化ビニール、鉄パイプなども。また、その形状は、些細な仕様の違いで、いくつかに分類されますが、大きくは、二つに分かれるとされています。

一つは、「神明鳥居」。直線的な部材が直角に交わる。つまり、柱も垂直にたてられた、シンプルで簡易な構造です。また、最上部の水平の部材は、笠木が一本のみ。また、多くは、この笠木と、二段目の水平の部材である貫、そして柱のすべてに丸材を使用しているのも特徴といえるでしょう。

この「神明鳥居」のグループには、貫が四角形の「靖国鳥居」、笠木が五角形で、貫が柱の外に突き出て、笠木の両端に襷墨と呼ばれる斜めに切り落とした意匠がある「鹿島鳥居」などが含まれます。

もう一つは、造作が装飾的な「明神鳥居」。最上部が、笠木と島木から成る二層構造で、笠木の両端には反りあがった反増を施すなど流線的な形状が多く、笠木と貫の間を額束で連結することで補強しつつ、神社名を記した扁額(神額)を掲げている例も多く見られます。そして、柱に「ハ」の字になった傾斜(転び)をつけている構造も特徴でしょう。

こちらのグループには、「稲荷鳥居」、「住吉鳥居」、「宇佐鳥居」などが分類されるわけです。また、「明神鳥居」の派生として、厳島神社の大鳥居にみられる、控柱(稚児柱)という補助が付いた「両部鳥居」や、左右に小さな脇鳥居が設けられた「三輪鳥居」などもあります。

 

はい、今回は切りのいいところまでで一旦前編という形にさせていただきます。もう少し続きますので、次回の更新で続きから書かせていただきます。

それでは、今回もここまでお付き合いいただきありがとうございました。次回更新もお楽しみに!!!